sekainohajimarisanの日記

広汎性発達障害の子育てを綴る

10年間の予行練習

今から10年前、娘が養護学校に行かなくなりました。

拒否が強く車から降りない。

入学当時から、雲行きは怪しかったのですが・・・

(追々、ブログに描いて行きます)

 

無知だった当時の私はただ怒りと絶望感しかありませんでした。

 

あの頃は発達障がい者支援法が

出来たばかりで

もの凄く期待してしまったけど

「足並み揃えて」と注意され

「やっても無駄だよ」「これが現実」と皮肉を言われていました。

 

輪をかけて娘は自閉症スペクトラムの他に

発達障害が全て重複しているので

出方が複雑。

やった事がないタイプ「わからない」と担任の先生が混乱してました。

 

私も無知で手探りで上手く説明できず・・・

支援がかみあいませんでした。

 

娘が登校を渋っても

養護学校しか行く場所がないと

泣き叫ぶ娘を毎日連れて

行ってしまいました。

 

そんなことを繰り返すうちに

自傷がはじまり事件が重なり

どうにもならなくなってしまいました。

 

ただ一人、療育の先生だけが私に手を差し伸べて下さり養護学校との間に入って

冷静に事を運び始めてくれていました。

 

後に娘の支援はさることながら

私の考え方、生き方、家族まで変えて下さる人生の師匠となるのでした。

 

その頃の私は、パニック障害と鬱、メニエールになっていました。

布団から起き上がれない。ベットがぐるぐる回る感覚。とてつもない不安感。

人に笑われてる幻聴を体験していました。

 

 色々な事がもう限界でした・・・

 

そして、怖かったけど、みんな一緒、世間の常識、支援の依存を手放しました。

 

放課後登校をする事になり、家に子どもと引きこもる生活。

さぁどうしよう・・・

 

とりあえずやる事がなくて

起き上がれなくて

任天堂のゲームを一日中

子どもとしてました。

 

非日常の世界。

病院にも行かずに、勝手に鬱やメニエールが治ていく・・・

子どもとの共通の世界で、共通の言葉で会話がはずんでいく・・・

信頼関係が再構築していく・・・

 

あれ?何これ?どんどん良い方向に転がり始めて行き、ゲームに飽きると今度はYouTubeや本で色んな人の考え方、世界を学ぶ様になりました。

 

まだまだ、暇なので

発酵食品を作る様になったり、家庭菜園もする様にもなりました。

 

家に居ると体力が落ちるのでトランポリン、エアロバイク、フィットネスゲームを買ったけど、どれもすぐに飽きてしまいました。

 

結局、散歩が一番で、今は娘のルーティンになっています。

 

新型コロナウイルスで、外出自粛になっても大して変わらない生活。

 

この時の為にと思ってしまったくらい、10年間の予行練習が今、活きています。

 

環境は自分で作れる

工夫次第でどうにでもなる