sekainohajimarisanの日記

広汎性発達障害の子育てを綴る

あの日の事を清算したくてブログを書き始めた話

今日は朝からとても青空が綺麗で
昨日の夜の雷雨を忘れそうなほど良いお天気です。

昨夜は突然鳴り響く雷が鳴るたびにイヤーマフをして怒っていました。
長い時間の雷雨に我慢の限界が来て娘は
泣き叫んでいました。

前日は夜中に地震地震速報のアラームにΣ(゚Д゚)びっくりしたようで
「おかあさ~ん」と叫んでいました。

新型コロナウイルスの他にも日々色々な事が起こりストレスが絶えません。

またそういう時は重なるもので・・・


そう、あの日の夜も娘にいくつもの事が重なっていました・・・
(小学部1年の冬)

養護学校へ迎えに行った後、絵画教室に行きました。

絵画教室の先輩と娘を連れてそのままイルミネーションを見に行き夜遅く帰宅。
お風呂に入れた後、娘がベランダからぬいぐるみを落としました。

(この頃、ベランダからぬいぐるみや
おもちゃをよく落としていました。)

会社の飲み会帰りの主人がちょうど玄関にいたので

「娘がお風呂に入ったばかりで髪の毛も濡れているから悪いけど落ちたぬいぐるみとってきて」

と主人に言った瞬間ベランダに娘が猛ダッシュして私の目の前で
自宅マンションのベランダの柵をポーンと飛び越えて行きました。

「終わった・・・・」

ここ4階なんだけど!!

サーッと血の気が引きました。

慌てて下に降りて娘の姿を探しました。

そしてぐったりする娘を毛布にくるみ
救急車を呼びかかりつけの大学病院に行きました。

検査入院しましたが
幸い足の指を骨折しただけで
終わりました。

落下したところが植木の間であと数センチずれていたらコンクリート
でしたので九死に一生を得ました。

この話は師匠にも周りの人にもあまり詳しい事は話したことがありません。

なぜなら私自身があの時なぜ娘がマンションの4階から飛び降りてしまったのか
数年前まで理由がよく解からなかったからです。あとあまりにもショックが大きすぎました。

そして目の前で飛び降りた娘の映像がずっと頭の中で離れなくなっていました。

時々夢に娘が飛び降りる場面でドラマの様に「ハッ亅と目が覚めることが数年前まで続いていて
思い出すのがとても苦痛でしたが理由が何となくわかった今はなくなりました。


飛び降りてしまったと思われる原因


   大人との信頼関係がなかった
   (歯医者と養護学校を無理強いさせた・主人と不仲)
  
   特性を理解していなかった
   (普段と違うルーティンと刺激でパニックが起きてしまった・衝動性が高い)

   行動を自分の意志でしたかった
   (親や先生の主導で動かされていた)



たび重なる大人の無理強いで娘の心が
壊れかけていた事に気づかず

皮肉な事に意地悪をしているわけではなく親も周りの大人も全て娘の為にと・・・
やることが全て裏目に出ていました。

今思えば結局、自分の思うように動かしたい
だけの親と周囲の大人達でした。


ただただ障がいのせいにしていました。

そして後に自傷や完全に登校拒否をされやっと


「信頼関係がないんだよ」

「心が折れたんだよ」


と師匠に言われてようやく気づくのでした。

あれから数十年・・・
1から支援を立て直して来ました。
親と先生、支援者、権利も違えば立場もシステムも違う中
娘ひとりの為にお互いが歩み寄りました。

親も養護学校の先生達も支援者達も
見違える様な支援が出来る様になりました。

 親子で養護学校が大っ嫌いから大好きになりました。

 今は支援者同士お互いをリスペクトしあっています。


あの日の夜の出来事を自分の中で清算するのに随分時間がかかってしまいましたが
心ある支援者の皆様のお陰で社会を恨まず学校を恨まず人を恨まず立て直すことが出来たこと
本当に感謝しています。


今の私は新型コロナウィルスを機に「終わり」を意識するようになり

全ての過去を清算して娘の支援をやりきって死にたい

最後はハッピーエンドで終わりたい

支援者と当事者ともに光を当てたい

その為に今やることは?

そんな思いでブログを書いています。

発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療

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